ありぎりす の徒然日記

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zoom RSS 「科学的」ということについて

<<   作成日時 : 2012/01/06 12:08   >>

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「科学的」・・・・

広辞苑によれば
 【科学的】物事を実証的・論理的・体系的に考えるさま。
  また、思考が事実にもとずき、合理的・原理的に体系づけ
  られているさま。学問的。
となっています。

私は
 「事実にもとずき」
これが重要と思います。

低線量被曝について、
「100ミリシーベルト以下の低線量被曝では、
 ほとんど健康に影響はない」
などと言う専門家がいます。
日本政府の基準も「生涯100ミリシーベルト」
ということのようです。

これは、
ICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告を
拠り所にしているのだそうです。

それでは、ICRPは、「科学的」に、「事実にもとずき」
この基準を作ったのか?
というと、どうもそうではないようなのです。

昨年末NHKが放送したこちらの番組
 『追跡!真相ファイル 低線量被曝 揺らぐ国際基準』
 http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/shinsou_top/20111228.html
>しかし関係者に取材を進めると、1980年代後半、ICRPが
>「政治的な判断」で、被ばくでガンになるリスクを実際の
>半分に減らしていた事実が浮かびあがってきた。
>当時ICRPには、原子力産業やそれを監督する各国の政府
>機関から、強い反発が寄せられていたのだ。
>そしていま、世界各地で低線量被ばくの脅威を物語る、
>新たな報告や研究が相次いでいる。

ICRPは、「科学的」に、ではなく
「政治的な判断」で、基準を作っていたのです。


そして、その基準が不適切であることを示す
「新たな報告や研究」、つまり、「事実」や「現実」が、
存在する、ということです。

私は、「科学」(狭義に自然科学)というものは、
現実に起きている事象のメカニズムを解き明かすもの、
合理的に説明するもの、と理解しています。

「権威ある学説」と「現実」「事実」とが食い違った場合、
間違っているのは「学説」のほうであって、「現実」では
ありません。
ましてや、「政治的な判断」で決められたものが、
「現実」に即しているとは考えられません。

そして、
 「(「政治的な判断」で決められた)基準よりも低いから、
  安全です。心配しないで下さい。心配するとストレスで
  病気になりますよ。」
なんて言い草が、「科学的」とは思えないのです。

さらに、ICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告は、
広島・長崎の被爆者の調査データをベースに作られたものだそうです。

ここで、今度はこちらの番組をご紹介。
 『ヒバクコク
  〜切り捨てられた残留放射線〜』
 http://nagoyatv.com/F/document/backnumber/101129/index.html
2010年5月にメーテレ(名古屋放送)で放送
札幌では、この1月4日3:06 HTB で放送された。
>実は、原爆を投下したアメリカにも核実験による残留放射線の
>被爆者がいる。
>アメリカ政府は、特定のがんに限り補償をしているが、
>病気と放射線の因果関係を認めたわけではない。
>しかし実際には、世界初の核実験で、すでに放射性降下物の影響を
>知っていたのだ。
>
>番組は、日米の科学者の証言や、公文書などから、残留放射線の
>影響を否定のからくりを追う。
>日米関係に詳しい名古屋大学の名誉教授・春名幹男さんは、
>アメリカがその人道的なイメージを維持するため、
>残留放射線の問題が隠されたと話す。

日本政府やアメリカ政府は、残留放射線による
健康影響はない、という立場をとりつづけている。
現実に健康を損なっている人たちがいるのに・・・・

米国は、核兵器による残留放射線を認めてしまうと、
国際社会から非人道的兵器を使用した責任を追求され、
その後の核戦略を押し進める障害になると考えた。


そして現在も米国は、核兵器による残留放射線だけでなく
劣化ウラン弾などに関しても、被曝による健康影響は存在しない、
と主張し続けている。

これらも、「政治的な判断」であって、
「科学的」根拠のある話ではありません。

つまり「広島・長崎の被爆者の調査データ」も、
「政治的な判断」でねじ曲げられていたのです。


これらのことから
福島原発事故で放出された放射性物質の、
低線量被曝による健康被害を心配する人たちを、
「政治的な判断」で決められた基準を根拠に、
「非科学的だ」「根拠のない心配だ」と言って
非難するのが、「科学的」な態度とは、とうてい
思うことができない ありぎりす なのであった。


1月7日11:20 追記:

参考:

 『島薗進氏『医学のあゆみ』12/3特集・長瀧重信「はじめに」批判のまとめ』
 http://togetter.com/li/237262

 『安禅不必須山水』
 『今年のそうかつ「被ばく受忍強制『科学僧官』独裁国家」 』
 http://ni0615.iza.ne.jp/blog/entry/2554050/

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