ありぎりす の徒然日記

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<<   作成日時 : 2014/04/01 11:36   >>

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ありぎりす は、以前のブログ『狂信者たちに牛耳られた日本でいいのでしょうか?』で、

>どうでもいいけれど、日本の国家神道なんて、たかだか200年足らずのものにすぎません。
>「日本」とゆう国家概念にしても似たようなものです。
>それ以前、「国」とゆうのは、「相模の国」とか「越後の国」といった狭い概念でしか
>なかったのではないでしょうか?

と書きました。

そこで、今回は、「日本」とゆう国の名前、国号について考えてみます。

さて、唐突ですが、ここで問題です。
 日本武尊
これは、とある古代の英雄の名前ですが、何と読むでしょうか?

答えは、ヤマトタケルノミコトです。

日本武尊は『日本書紀』での表記で、『古事記』では、
 倭建命
と表記されます。

つまり、「日本」も「倭」も、「ヤマト」と読むのです。
「ニホン」でも「ニッポン」でもないのですね。

「倭」とゆうのは、当時の中国、朝鮮で使われた呼び名です。
古くは『漢書』に「楽浪海中に倭人あり」とゆう記述があるそうです。

ヤマト朝廷でも当初、「倭」とゆう表記をそのまま使っていたのですが、
7世紀末ころから、「日本」と自称するようになります。
『新唐書』には「倭の字をにくんで、更に日本を号し」と
書かれているそうです。

『古事記』ができたのは、西暦712年、
『日本書紀』は西暦720年です。

『古事記』も『日本書紀』も、ヤマト朝廷の統治の正当性を示すとゆう
同じ政治的目的を持って、7世紀末から8世紀初頭に作られたものです。

上田正昭著『日本神話』によれば、『古事記』と『日本書紀』の違いは
「ヤマト」の表記だけではなく、韓の国の取扱いについても違っているそうです。
韓の国について、『古事記』では「吉き地」としているのに対して、
『日本書紀』では「荒廃してやせた土地」とし、新羅を「蕃国」視しているのだそうです。

どうして、このような違いが生まれたのでしょうか?

私は、
 『その原因は「白村江の戦い」にあるのではないか?』
と思うのです。

「白村江の戦い」とゆうのは、663年、ヤマト朝廷の海軍が、
唐に大敗を喫した海戦のことです。

当時朝鮮半島の百済は、唐と新羅の連合軍の攻撃を受けていて、
百済と交易のあったヤマト朝廷に救援を求めたのです。
しかし、ヤマト朝廷も唐に大敗し、百済は滅亡してしまいます。

その際、祖国を失った大勢の百済人がヤマトの船に乗って、
渡来してきたのだろうと思います。

改めて言うまでもなく、漢字や律令制などは、大陸や朝鮮半島から
輸入してきたものです。
ですから当時のヤマト朝廷での官僚も、多くは渡来人たちだったのです。

(平安時代のはじめに編纂された『新撰姓氏録』に記載されている氏、
 1059のうち、約30%にあたる324が「諸蕃」、つまり帰化人だそうです。)

唐と新羅に祖国を滅ぼされた百済人が大量に渡来し、史(ふひと:朝廷の書記)
になった。
こうした百済人の「新羅憎し」の心情が『日本書紀』に反映されたのでは
ないでしょうか?

百済人の唐や新羅に対する敵愾心と、それ以前からあった「日出る国」とゆう
考えが結びついた結果、「倭の字をにくんで、更に日本を号し」とゆうことになった
のではないか? と ありぎりす は思うのです。

しかし、この「日本」とゆう国号は、大陸の朝廷との公的な外交以外では、
あまり一般的に用いられていなかったように思います。

なぜなら、1607年に薩摩の侵略を受けた琉球王朝、現在の沖縄では、
本土の人間を「ヤマトンチュ」と呼びますし、北海道のアイヌは「和人」と呼びます。
「日本人」とは呼ばなかったのです。

自国の名前とゆうのは、「外国」の存在があってはじめて意味を持つものでしょう。
あまり、「外国」と国対国の付き合いをしなかった江戸時代などでは、ほとんど
国号は必要ではなかっただろうと思います。

幕末に黒船がやって来た頃になって、改めて正式な国号が必要になり、
物置で埃を被っていた「日本」とゆう看板を引っ張り出してきて、
「ニホン」もしくは「ニッポン」と名乗った。

おそらくは、そうゆうことでないのか? と私は考えるのです。


それにしても、1300年前の「日本」ナショナリズムとでも呼ぶべき流れ、
そういったものを作ったのが、朝鮮半島からの渡来人(百済人)だったのではないか?
とゆう私自身の思いつきについて、
 『これは、ちょっと面白いんじゃないの?』
と思う ありぎりす であった。


さて、今回のブログを考えている間に、録画しておいた、NHKの番組
 『BS歴史館「壬申の乱 古代史最大の内乱が日本を築いた!」』を
見たのですが・・・これが予想した通り酷い内容でした。 (;´Д`)

『壬申の乱』とゆうのは、天皇家が叔父と甥に分かれて、
骨肉相食む殺し合いをした、醜悪な事件です。
それを番組では、無理やり美化して、天皇家による支配を正当化し、
血縁による世襲制を肯定的に扱い、「万世一系」とゆう言葉も用い、
それらを「”日本”とゆう国のありかたが定まった」などと言う・・・。

もうメチャクチャですよ、NHK。 ヽ(`Д´)ノ

やっぱり、「日本の国柄は国民が天皇のために命を捧げる国体」などと
スピーチするような人物を経営委員にしといちゃダメ、とゆうことでしょう。
 【J-CAST ニュース:2月7日】
 『「日本の国柄は国民が天皇のために命を捧げる国体」
  NHK経営委員・長谷川氏が三島事件を称賛』


そして、改めて言うまでもなく、こうゆう問題のある経営委員たちをNHKに送り込んだのは、
現政権の安倍晋三首相なわけです。

そもそも天皇家だって、朝鮮からの帰化人とゆう説が有力です。
ちなみに、麻生副総理は先日、
 「キエフがクリミア半島と別れて、キエフだけ欧州に行ってしまうみたいな話は、
  日本で言うと宮崎県が独立して高天原がなくなるようなもの」
などと発言しました。
(宮崎(高千穂)は、神々が高天原から降りてきた場所であって、
 そこが高天原ではありません。ローゼン閣下って本当にオチャメ(オバカ)ですねぇ。)

 【朝日新聞:3月25日】
 『「キエフ、日本で言うと高天原」 麻生副総理が発言』

しかし、もとより「高天原」が天空の神々の国であろうはずもない。
大陸か朝鮮半島のどこか、とゆうのが本当のところでしょう。

天皇家が「神」であろうはずもなければ、天皇家が世襲制で
国を統治することに、正当性なんかありませんよ。

私たち日本人は、過去のさまざまな時代にさまざまな事情で
この極東の列島に渡来してきて、そこで互いの血を混ぜ合わせながら
子供を生んで、育んで生きてきたのです。

人類はホモサピエンス一種のみの種であり、その共通のルーツは
アフリカで発生したとゆうのは、最新の人類学が明らかにしています。

私たち人類は、共通の祖先を持つ、文字通りの兄弟姉妹に他なりません。

それが互いに差別し、争い、殺しあう。
なんと愚かなことでしょう?

古代百済人の怨念も、戦前戦中の国家神道も、近年の嫌韓、嫌中、ネット右翼も、
まったくもう、ウンザリですよ。

なにが「戦後レジュームからの脱却」ですか。
なにが「維新」ですか。
私は、「国民主権」「民主主義」を手放して、今更「王政復古」なんてまっぴらごめんです。
現在の天皇家だって繰り返し「日本国憲法を遵守する」と表明しています。
それなのに、極めて愚かで狂信的な連中が政権をとり、日銀総裁、NHK経営委員、
内閣法制局局長、など人事権を濫用して、民主主義国家としての、現在の「日本」を
破壊しようとしている。

本当に許しがたいことです。 ヽ(`Д´)ノ

あまりにも馬鹿で狂信的な暴走を続ける現在の「日本」の状況に、
暗澹たる思いがして、憂鬱な気分になってしまう ありぎりす でありました。 (´∩`。)

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