ありぎりす の徒然日記

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zoom RSS 民主主義って何だ?!

<<   作成日時 : 2015/09/16 12:36   >>

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昨日参議院で安保関連法案についての中央公聴会がありました。

その中でSEALDsの奥田愛基氏が公述人として出席し、
意見陳述を行いました。

 SEALDs(シールズ)とは、
  Students Emergency Action for Liberal Democracys
 の略称で自由と民主主義のための学生緊急行動の意。
 安保関連法案に反対し、抗議デモを展開する学生団体。
 「民主主義って何だ?!」は彼らが抗議集会などで行う
 コール(掛け声)の一つ。

今回は、その意見陳述が大変立派なものだったのでご紹介。



文字起こしなどは以下など。
 【IWJ:2015年9月15日】
 『【緊急アップ!意見陳述全文掲載】「今日は、国会前の巨大な群像の中の一人として、ここにきています」SEALDs奥田愛基さんが参院で堂々意見陳述「安保法案」に反対を表明!』


 【東京新聞:2015年9月16日】
 『「政治に絶望するような議会運営やめて」 参院中央公聴会 奥田氏の発言全文』


公聴会全部については、こちら
 【参議院インターネット審議中継】
 2015年9月15日
 『我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会公聴会』


詳しくはリンク先を参照願うとして、
私が注目するのは、この部分。
vvvvv 以下IWJ文字起こしより一部引用 vvvvvvvvvvvvvvvvvv
 最後に、私からのお願いです。SEALDsの一員ではなく、個人としての、一人の人間としてのお願いです。

 どうか、どうか政治家の先生たちも、個人でいてください。政治家である前に、派閥に属する前に、グループに属する前に、たった一人の『個』であってください。自分の信じる正しさに向かい、勇気を持って孤独に思考し、判断し、行動してください。

 みなさんには一人ひとり考える力があります。権利があります。政治家になった動機は人それぞれ様々あるでしょうが、どうか、政治家とはどうあるべきなのかを考え、この国の民の意見を聞いてください。

 勇気を振り絞り、ある種、賭けかもしれない、あなたにしかできないその尊い行動を取ってください。日本国憲法はそれを保障し、何より日本国に生きる民、一人ひとり、そして私はそのことを支持します。

 困難な時代にこそ希望があることを信じて、私は自由で民主的な社会を望み、この安全保障関連法案に反対します。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

奥田氏は、
 民主主義の根幹は「個人主義」(利己主義に非ず)
とゆうことを、きちんと理解しています。
主権者たる国民一人一人が、政治や政策に関心を持ち、
自分自身の頭で考え、判断し、行動する。
自律した個人であること。
それが民主主義を成功させる鍵なのです。

しかし多くの国民も、国会議員すらも、この基本的なことを
理解していないように思います。

民主主義は単純な多数決ではありません。
選挙の投票は白紙委任ではありません。


ところが安倍自公政権は、選挙で多数議席をとったらやりたい放題。
党議拘束で議員一人一人の自由意志を平気で奪う。

こんなものは民主主義ではありません。
独裁です。

いまこの国で起きていることは、右翼(民族主義、国粋主義)と
左翼(社会主義、共産主義)との思想対立ではありません。

 民主主義(個人主義)
   と
 ファシズム(全体主義、国家主義)
   との
 戦いなのです。



最後に日本に民主主義(個人主義)が
根付かない理由について ありぎりす の私見を述べます。
 日本は古くから稲作を中心とした農耕文化の国です。
 田植えにしろ稲刈りにしろ村人総出で一致団結して
 作業するのが伝統です。
 日本の社会には今も稲作文化の慣習が残っています。
 こうゆう村社会では、なかなか「個人主義」はなじまない。
 個々人の考えや人格、権利などを尊重しながら熟議を重ね、
 よりよい解決策を模索し全体としての意思決定をする。
 そうゆう民主主義の弁証法的な意思決定方法が
 これまでこの国では発達してこなかった。
 そのため、単純な多数決を民主主義と誤解する人も多い。
 それでは日本的な村社会的な意思決定とはどんなものなのか?
 顔役の意向に取り巻きが追随して、忖度して、
 「流れ」とか「空気」とかいったものが出来上がって、
 なんとなく、うやむやのうちにものごとが決まってしまう。
 「流れ」や「空気」でものごとを決めるのは、後々、
 悪者を作り出さないで、村社会を存続させていくための
 一つの智慧なのかもしれません。
 しかし国レベルでそれをしたら、誰も責任を取らない
 無責任国家になってしまいます。
 悲惨な戦争を起こしても、原発が爆発しても、
 新国立競技場建設計画が頓挫しても、
 だぁ〜れも、責任を取らない。
 そんな国のままでいいのでしょうか?

今回の奥田愛基氏の意見陳述、
我が国が、
 周囲の顔色を伺いながら行動する
 村社会的な無責任国家

から、
 自律した「個人」が互いに互いを尊重しながら
 意見を交換し合い、よりよいソリューションを導き出す
 真の民主主義国家

への、脱皮を促す提言であったように
感じた ありぎりす でありました。


参考:
 【リテラ:2015年09月17日】
 『強行採決は単なる多数決主義で、断じて民主主義ではない! 安倍独裁政権が持ち出す「多数決」「民意」の論理を疑え!』


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